松坂大輔の全盛期はいつで成績や能力(救種球速)は?現在との差がヤバい

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2021年7月7日、平成の怪物ことプロ野球西武の松坂大輔さんが今季限りでの現役を引退することが発表されました。

あの大谷選手も真っ先にコメントするほど、世間で話題を呼んでいます。

松坂大輔さんの全盛期はいつなのか、当時の能力・成績や球種について調べて見ました。

現在と全盛期を比較すると、引退発表も当然のことなのか実態を調べてみました。

松坂大輔の全盛期はいつで成績や能力(救種球速)は?現在との差がヤバい

<松坂大輔>
・全盛期はいつ?
・能力成績や救種球速は?
・現在との差がヤバい!
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松坂大輔の全盛期はいつ?

松坂大輔さんの全盛期はいつだったのか見ていきたいと思います。

高校時代の成績

松坂大輔さんは横浜高校出身で、当時野球部のエースでした。

松坂大輔さんが高校3年生だった1998年に、甲子園の春夏連覇を達成で伝説を残します。

準々決勝の対PL学園戦で延長17回・250球を投げ抜き完投勝利!

そして準決勝も勝ち上がり決勝戦に進みます。

京都成章戦では「甲子園決勝戦ノーヒットノーラン」を達成し「甲子園伝説」として語られています。

この頃、大西宏明(元オリックス)さん・平石洋介(元楽天)さん・藤川球児(阪神)さん・村田修一(元巨人)さんと高校球児に多くの優秀な選手が勢揃いでした。

この世代を「松坂世代」と呼ばれていました。

日本プロ野球時代の成績

高卒で日本プロ野球入りしてからメジャーリーグに行くまでの8年間の受賞歴の数々がこちらです。

1999 最多勝(16勝)
ゴールデングラブ賞(初)
ベストナイン(初)
新人王
2000 最多勝(14勝)
ゴールデングラブ賞(2回目)
ベストナイン(2回目)
2001 沢村賞(初)
最多勝(15勝)
ゴールデングラブ賞(3回目)
ベストナイン(3回目)
2002 なし
2003 最多奪三振(2回目)
最優秀防御率(初)
ゴールデングラブ賞(4回目)
2004 最優秀防御率(2回目)
ゴールデングラブ賞(5回目)
2005 最多奪三振(3回目)
ゴールデングラブ賞(6回目)
2006

ゴールデングラブ賞(7回目

ゴールデンクラブ賞は7回、1999年のベストナイン賞は高卒史上初で話題になりました。
 

そして、松坂大輔さん通算成績は以下の通りです。

勝利 敗戦 奪三振 防御率
通算 108 60 1355 2.95

150km/hを超えるストレート、ルーキーイヤーには以下で話題となりました!

・プロ初先発で155km/hのストレートで日ハム・片岡篤史から三振を奪う!

・イチローとの初対決では3打席連続三振とほぼ完璧に抑える!

また、シドニー五輪予選の日本代表に最年少で選ばれ、五輪出場に貢献しています。

アテネ五輪では銅メダルを獲得します。

第1回WBCでは先発全ての試合で勝利投手として、WBCの最優秀選手に選ばれています!

この活躍でメジャーに行くことが決まります。

メジャー時代の成績

メジャーリーグからNPB復帰までの通算成績は以下の通りです。

勝利 敗戦 奪三振 防御率
通算 56 43 720 4.45

2006年にボストン・レッドソックスが松坂大輔さんの独占交渉権を獲得し、海外移籍の契約となります。

移籍1年目にして、メジャー1年目での15勝と200奪三振を達成しています。

これはメジャーでは史上5人目、日本人では史上初となります。

また同年、日本人史上初のワールドシリーズ先発を果たし、勝利投手となっています。

ところが、2009年右肩が故障してしまいます。

その後は毎年のように怪我が続き成績も下降していきます。

2011年には右肘手術を受けています。

その後は2013年にグリーブランド・インディアンスに移籍となります。

2014年にソフトバンク・ホークスと契約して、NPBに復帰します。

以上、高校時代から日本プロ野球時代、そしてメジャーリーグ時代まで、見事な結果を残してきた松坂大輔さんですが、体の故障が原因で低迷してしまったようですね。
 

松坂大輔の能力(救種・球速)は?

松坂大輔選手の球種は以下の通りです。

  1. ストレート
  2. スライダー
  3. 縦スライダー
  4. カットボール
  5. カーブ
  6. シュート
  7. フォーク
  8. チェンジアップ

松坂大輔さんといえば、ストレートが武器でさまざまな変化球を投げるのを得意としています。

多彩な変化球の習得も早かったそうです。

球速156km/hの記録を出す全盛期は、ストレートでを武器にした投球スタイルがメインでした。

しかし、肩の故障でスピードが低迷してからは、得意のストレートが使えなくなり、2019年はストレートの割合が13%と低迷しています。

体の故障から球速は最速142km/hに落ち、投球スタイルも変化球へ変わってきました。

メジャー移籍4年目から投球が思うように行かなくなり、9年ぶりに日本プロ野球に戻ってきた時には、上半身の力に頼った投球フォームになり、下半身のパワーを上半身に伝えた力強い球が見られなくなってしまいました。

本人も思うように動かせない体に限界を感じていたはずですよね。

松坂大輔の全盛期と現在の差がヤバい!

松坂大輔さんの全盛期は高校時代からメジャー移籍前後頃まででした。

メジャー3年目の2009年に股関節を痛めてパフォーマンスが落ちていきます。

以後、毎年のように体の故障に悩まされ、2011年に右肘の張りを訴えてトミージョン手術を受けてから、メジャー6年間でわずか23勝という結果となります。

昔と比べると全く違うフォームになってしまったようです。

2015年にソフトバンクに戻ってきた時もシーズン中に右肩関節唇および腱板クリーニング術、ベネット骨棘切除術、後方関節包解離術を受けています。

3年間で1試合の登板、結果ソフトバンクを退団します。

テスト入団した中日で2018年に6勝4敗、防御率3.74でカムバック賞を受賞していますが、2019年は右肩の故障でわずか2試合の登板で退団です。

古巣の西武に14年ぶりに復帰しましたが登板は一度もありませんでした。

給料泥棒とまで言われた過酷な現実。

横浜高校の恩師・小倉清一郎氏さんが松坂大輔さんの引退報道について以下の通り語っていたと報じられています。

「オレはメジャーで引退するべきだと思ったんだ。でも大輔には故障で終わりたくないという思いがあるんだろうね。あきらめきれないんだよ。オレにも2つの思いがある。『よく頑張った。お疲れさま』という気持ちと、『もうちょい頑張って最後に1、2勝してほしい』とね。ただ、この状況で(国内の)独立リーグや台湾は絶対にやっちゃいかん、それは言いたいね。“松坂大輔”っていう看板がある。頑張るだけ頑張って……引き際が大事と言うしかないよね」

<引用:yahooニュース

松坂大輔さんは、関係者に「これ以上、チームに迷惑をかけることはできない」と話して、引退を決断したそうです。

全盛期と現在を比べると、差が激しいですが、一番辛かったのは松坂大輔さんご自身だったはずです。

しかし、「平成の怪物」「松坂世代」と言葉が作られるほどの歴史を残した人物であったことは間違い無いですね!

まとめ

以上「松坂大輔の全盛期はいつで成績や能力(救種球速)は?現在との差がヤバい」と題してまとめてみました。

松坂大輔さんの歴史に残る伝説の数々、当時を振り返ると「平成の怪物」その言葉通りです。

現役引退だとしても、松坂大輔さんなら引退後も活躍の場はありそうですね!

今後のご活躍応援しています!

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